観音寺市と三豊市からなる西讃地方、俗に鳥坂峠より西と言われるこの地域は何事も派手に豪華にする文化があります。
特にこの地のちょうさ祭りはこの文化の代表格のひとつと言え、様々なパーツでどこよりも豪華に飾られています。
高度な匠の業、金糸刺繍や唐木彫刻で見事に飾られるそれぞれのパーツはまさに美術品。ぜひ間近でご覧下さい。


(標準型)
(垂らし型)


とんぼ・・・とは、
太鼓台の一番上に取り付けられていて、
ぐるぐると巻いたような形状の飾りです。

観音寺では白地に網掛けのものが基本となりますが、
他の地域では、「白」「黒」「赤」など様々な種類が存在します。

元々は「七重」を固定する為の「蒲団締め」を、
最上部で結んでいたものが原型と考えられています。
結び目の形状も地域によっては多種類ありますが、
なかでも壹・参・四・六・七・八・九號が採用しているものが標準的です。

また、貮・伍號は先を垂らした様な形状を採用しています。
古い写真では、他の太鼓台もこの形状の場合があったり、
2つの形状が混在している場合もある事から、
長い歴史の中で変化した様子が見受けられます。

語源は、左右のワッカの部分を羽(ハネ)と呼ぶ事もあることから、
昆虫のトンボに見立て、「飛羽(トンボ)」と呼ぶ様になったという説があります。





七重・・・とは、
太鼓台上部の、7段重ねの赤い枠のことを指します。
地方によっては、5段だったり、
また色が赤以外に白・黒・緑・青などカラフルに混ぜるところもある。

七重は、本来「しちじょう」と呼びますが観音寺地域の言葉の訛りで「シ」が「ヒ」に変化しており、
実際には「ひちじょう」と発音する人が多い。


貳號本若太鼓の組み立て風景→
この日はBSフジ、フジテレビ系OHKの取材がありました。
「ニョッキン7」2006/11/10放送分
放送時の情報はコチラ↓↓↓
http://www.ohk.co.jp/7/


蒲団締め・・・とは、
七重の四方向に2本づつ取り付けられている、8本の刺繍の事です。
元々は七重自体を固定するための帯や縄だったものが、
時代とともにその役割はなくなり、刺繍装飾がメインとなったと考えられています。

他地域など一般的には双龍がデザインされることが多いのですが、
歴史の古い当地、観音寺地区では太鼓台ごとに様々な伝統的なデザインがあります。
特に七號以外の奇数號(壹・参・伍・九)號は(扇咲競おうぎさっきょう)をデザインする慣例があり、
扇をメインに、獅子・牡丹などがデザインされ、龍とはまた違う華やかさを表現している。
なお扇咲競とは、貳號地の仮屋町に平安時代の源平合戦の頃より伝わる畳6畳分の大凧の事である。
当時は、源氏の見方をする事を指示する合図の意味があったと言われている。

また他にも、橘など独特な植物系のものがあるなど、
古くから文化的なデザインが多くあり、観音寺地区の文化水準の高さが感じられる。



掛け蒲団・・・とは、
ちょうさの四方向に取り付けられている四角形の豪華な刺繍布団のことです。
本来、四方に4枚取り付けられるものだが、近年他の地区では道が狭いなどの理由で前後2枚しか所有しない事も多い。
観音寺地区でも同様の理由で左右2枚を移動させたり外す時があるが、これはあくまでも一時的なものである。

また特に歴史の古い当地、観音寺地区の掛け布団は、
各ちょうさごとの伝統のオリジナルデザインがあり、
動物系の龍や虎、唐獅子以外にも武士絵や文字等他に類を見ないものもある。

なかでも九號社家太鼓は八幡町出身の門脇俊一画伯のデザインしたこれまでにない新しいデザインの掛け布団も所有している。
これは宵祭りの九號地八幡町内の運行(午前中限定)で見ることが出来ます。


雲板をはじめとする唐木彫刻です。
ちょうさは、どうしても豪華な刺繍に目が行きがちですが、唐木彫刻類には龍や様々な伝説が彫られており、ここにも高度な匠の業を見ることが出来ます。

ぜひ一度、本物をじっくりご覧ください。


この辺りがちょうさの本体部分となります。
高さ5m超、総重量3トンを支える台、
「かき棒」は約14m程もあり、
観音寺の古い町並みを通過するには苦しい時もありますが、
先端を調整する棒端(ぼうばな)の役の調整でギリギリ通過します。


また、地域によってはこの様に太鼓が見えるところもあります。


台の内部では太鼓が宙吊りになっており、
大きな音を響かせます。
(右は豊田地区の立石太鼓…中に見えるこの太鼓は
とても歴史ある古い品だそうです)